七世川柳

<活動>明治15(1882)嗣号―明治19(1886)年 引退。柳翁。

<号> 
得蕪/満市斎/燕壌/雪舎/風也坊川柳

 
本名、広嶋久七。文政8(1825)年江戸生れ。
 5世川柳姻戚。浅草吉野町で煙草商を営む。甘海門人。    
 6世川柳没後の明治15年、柳袋、〆太、真中らの長老はじめ社中推薦で7世を嗣号。風也坊川柳と号す。
 明治18年、江東・井生村楼で初代川柳一百年祭を開催。求評2万3余句。
 明治19年、病気で引退。柳翁となる。   
 明治24年9(または8)月5(または7)日没。法名:清風庵涼月柳翁居士。東京都・亀戸村の慈光寺に葬る。

 

 

 代表句


七世川柳書簡 『やまがた 文学の流れを探る』PART13より

 

 

<主著作>  「柳風交誼人名録」