A少年・ガネッシュと教育

 
 

  『ガネッシュ』とは、象頭の神の名である。このシバ神の息子の名をもつ14歳の少年がラマ師の家に雇われている。バクタプールから住み込みで働いている彼に学問はない。
 ラマ家の家事雑用は彼に帰することがほとんどで、一日中仕事に追われている。日本のように蛇口をひねれば水が出る国と違い、食事の水も洗濯の水も、トイレの水だって汲んで来なければ始まらない。彼が、汲んで来てくれなければ、あの、美味しいカレーもできない。
 体の割にやや頭が大きく、つぶらな瞳で見据えられるとチョット怖い形相になる。が、冗談を言って笑うと目が無くなり、きわめてかわいい。やはり14歳である。
 いつも、仕事のやり方でラマ夫人に叱られているが、決して明るさを忘れず、自分の仕事に精進している。
 食事を終え、片付け物が終わったのち、
 「テレビ見てもいい?」
 と、ラマ夫人に聞き、ラマ師の脇でテレビを見るのが大好きなようだ。国民1000人に4台という希少なテレビを見るのは、かれにとって掛け替えのないことなのだ。インドのとても臭い芝居の神様番組や乗りのいい音楽劇、ヨーロッパのハードボイルド、アフリカの自然・・・。彼は、遠くの見果てぬ世界に思いをはせているようであった。
 朝の水汲みに始まり、食事の下準備、食器洗い/磨き、ニワトリの世話、洗濯、野菜作り、アトリエの掃除、買出し、・・・と、彼の仕事は事欠かない。さらに、ラマ師の一人娘の話し相手。一日中、なにか動いている。
 しかし、屈託のない彼の姿は、僕の心を捉えて離さなかった。
 はじめは、ヘンな異邦人として不思議がっているだけであった彼も、アトリエで一生懸命チョプタンに勤しむジャパニを受け入れてくれたようだ。目が合ったとき、思わず彼が微笑んだ。 「キナハシコ?」 私が、冗談めかして聞いた。彼は、腹を抱えてころげまわって笑った。かれのこんな感情表現をはじめてみた。



家事に励むガネッシュ

 カーストの厳しいこの国で、彼を家人と同じレベルで扱うのは難しいが、ネパールを立つ前日に、私の使っていた帽子を彼にやった。
 「外に出ることが多いガネッシュに、これからは陽が強くなるからこれをやってほしい。」
 といって、スニータから手渡してもらった。彼は、昼も夜も、家の中でも帽子をかぶっていた。
 帰国の日、夜のフライトまでに時間があったので、ラマ師の工房を訪ねた。この時、玄関前のタタキに腰掛け、手にもった帽子を見詰めるガネッシュの姿があった。
 「はーい、ガネッシュ。ナマステ。」
 このときの、うれしそうなガネッシュのリアクションが忘れられない。
 この、教育を受けていないこの子が、少年期を過ぎてなお、このような状態にあるかと思うと心が痛んだ。
 貧富の格差は教育の格差を生み、この教育の格差が仕事の格差、しいては貧富の格差を生むという悪循環が、この国に大きな問題を生じているのだ。



私の描いたタンカに最後の筆を入れるラマ師


  学習する機会、環境、手段が整備されない限り、彼らの生活事情から突破口は見出しにくい。「学ぶ」ということは、決して、学校などの設備やモノにのみよるわけではないが、 すこしでも、教育事情を良くすることに協力していきたい。
 神様のいっぱいいらっしゃる国である。神のご加護がありますように。

合掌


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  この文章は『川柳公論』第141および142号に連載されたものの採録です。