Bタンカ工房入門

 
 



クマール ラマ師

 ネパールは、ヒンズー国家で、厳しいカースト制度が残っています。日本人は「ジャパニ」というカーストに分類されるそうです。
「ラマ師は、ネワール注1伝統の『画家』を意味するチットラカール(カーストのひとつ)なのですか?」
という問いに、少し語気を強めて
「私のカーストは『ラマ』です。チットラカールは、カトマンズ渓谷の原住民であるネワール族の一部で、私は、チベットのカサから来たチベット民族です。画師ですが、チットラカールではありません。また、私はヒンズー教徒ではなく仏教徒です」

注1:「ネワール」…ネパールの人口の多くを占めるネワール民族を指す言葉で、「ネワール芸術」などと使う。しかし、これは、ネパールを表す言葉ではなく、「タンカ」は、チベット伝来のチベッタンスタイルものが多く、ひと言で「ネワール絵画」などと分類するのは間違いとなる。

 あとで調べて解かったのですが、ヒンドゥー教徒のなかに民族とそれぞれのカーストがあり、また、人口の十五%に過ぎない仏教徒の中にも、二十程度のカーストがあるのです。さらに、仏教徒でありながら、ラマ師のように、通常のカーストの外にあるカーストに属する人もいたのです。カーストは、当然、高位の者は低位の者から施しを受けることはなく、結婚も同じカーストでないと難しいという極めて閉鎖的な社会を構築しているのです。数日、滞在した程度では、その影響力と問題については、とても語れるものではありません、
 私は、名誉カーストとでもいうべき「ジャパニ」で、やりたいことを存分にさせてもらえるという、チョット申し訳のない立場をもらったことになります。

「タンカ工房に入門する際に行う儀式はあるのですか?」
という私の問いに、にっこり笑ったラマ師は、
「街を案内しよう」
と、どんどん歩き始めたのです。案内といっても、別に観光の説明があるわけでもなく、タンカショップの並ぶダルバール広場を抜け、更に町外れの方へ歩きます。そう、去年、観光に来た、周囲に仏像屋が並ぶマハーボーダ寺院に連れてきたかったのです。
 ここは、16世紀後半に3代の親子によって建てられた九千の仏を刻んだ仏塔があります。仏塔の下には弥勒菩薩の燦然と輝く仏像があり、師は、大きな二本の蝋燭を購入すると、ひとつずつ灯を点けさせ、その弥勒菩薩の前に捧げます。さらに、手前の台に頭を擦りつけるように礼をし、手で私にもやりなさいとでもいうように促しました。真似をして同じことをすると、今度は右回りに仏塔を三回まわります。師は、自ら先に立ち、コトバではなく、私を導きます。
「フィニッシュ」
 これで、入門が許されたのだろうか? 心配する私をよそに、今度はカトマンズにある工房へ案内されました。

 

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この文章は『川柳公論』第141および142号に連載されたものの採録です。