| シッカチーフ |
| 油性色材におけるシッカチーフ概史 塗料関係の文献によると、乾性油の乾燥剤として金属酸化物が使用されるようになったのは16世紀の終り頃であるという。まず酸化鉛(PbO, Pb3O4)が使われ、次にマンガン系乾燥剤が使用されるようになったという(『塗料ハンドブック』 岩井信次編 産業図書・1956)。 しかし、鉛の酸化物の絵画への使用は、それに先立つ15世紀のイタリアの画家・アントネロ・ダ・メッシーナ(c1430〜79) ではないかというマロジェの説("The Secret Formules and Techniques of the Masters" Maroger 1948.LONDON & NEW YORK)がある。「弱火で熱した亜麻仁油またはクルミ油3〜4に対しよく練った一酸化鉛を1」 この内容については『油彩画の技術』に記述があり、ラングレは RUDEL( )からの孫引きである。 さらに、ルーベンス (1577〜1640) では,太陽で晒した亜麻仁油またはクルミ油に一酸化鉛を煮沸せずに作用させて乾燥性を高めたのではないかという説("Preparation des Coulenrs"Yvan Thiele ) 日本で乾燥剤が紹介されるのは、明治12(1879)年の『洋画手引草』や明治16(1883)年の『油絵道志留辺』ではないかと思われるが、安政6(1859)年のワーグマン来朝以前にも平賀源内(1 〜1779) や司馬江漢( 〜1818) によっても油画が試されており、その使用はさらにさかのぼると考えられる。)が出ている。 商業的にシッカチーフや乾燥促進型乾性油が作られるようになったのはウインザー&ニュートン社が設立された1832年以降ではないかと考えられる。 1856年の同社による出版物 "The Art of Landscape Painting in Oil Colours"には、既に一酸化鉛とリンシードを加熱して作られた「Drying Oil」 という商品名?についての記述がある。この油は今日のW&N社においても製品として引き継がれている。 マンガンについてはアンバー系の顔料も含めて、経験的に乾燥の早い素材として画家の間で使われていたようだ。コバルト系化合物が使用されるようになったのは、20世紀になってからで、1910年、Muhle の報告以後と考えられる。 現在使用される金属化合物はコバルト、マンガン、ジルコニウム、鉛、亜鉛などである。 |
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シッカチーフによる乾燥機構 |