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竹本瓢太郎氏 永年の念願であった可有忌が、本日、やっと実現しました。
初代・柄井川柳の川柳忌、柳多留の出版元・花屋久治郎の花久忌を行うことが可能であったのは、いずれも明確な記録が残っていたためです。呉陵軒可有については、忌日以外に正体が判らず、墓所も菩提寺も姓名さえも判らなかったため、協会でこの話が出ると、面倒な事は来年にしようととうとう20年も経ってしまいました。
今日、三柳氏の力添えにより、可有忌が実現したのも皆様のおかげです。
川柳忌、花久忌、可有忌を一生懸命続けていくことは、川柳の本質である皆が共感できる句が作られるようになり、訳の判らない句は作られなくなることでしょう。川柳人が居る限りこの会を続けていきたい、いや、続けなければならないと考えています。来年、再来年と、さらに良い会にしたいと思います。
川柳のさらなる発展の意味でも、可有忌を発展させていって欲しいものです。 |